虚血性心疾患
心筋梗塞
心筋梗塞は冠動脈が閉塞し、その先の心筋が死んで動かなくなる病気です。
Q:どうして冠動脈は閉塞するのでしょうか?
冠動脈に動脈硬化が生じることが根本原因ですが、動脈硬化には血管壁に脂質(LDL-コレステロール)が蓄積するタイプ(粥腫)と繊維組織でできているタイプがあります。
脂質を多く含む動脈硬化は、脂質を覆う繊維性被膜が厚い間は何も問題はありませんが、血液中から脂質を食べる細胞(マクロファージ)が血管壁を通り越して粥腫の中に入ってきます。
このマクロファージが蛋白分解酵素を放出するため、厚い繊維性被膜が溶かされて徐々に薄くなっていきます。
そして、繊維性被膜が65ミクロン以下になると遂に破れて、血液と粥腫の中身が接触し、血栓(血の塊)が形成され、冠動脈が閉塞するのです。
動脈硬化の進展と冠動脈の閉塞を模式的に示すと下のようになります。
冠動脈の狭窄度と閉塞しやすさは関係ないことをご理解下さい。
心筋梗塞患者の86%は、狭心症を起こさない25%から50%程度の狭窄から発症しています。つまり心筋梗塞患者の86%は、ある日突然発症しているのです。
粥腫が破れた後の血栓のでき方には2通りあります。一気に大量の血栓ができて閉塞するのが心筋梗塞です。もう一つは、血栓が増大して冠動脈を閉塞しかかっては血栓が溶解して冠血流が回復する状態を繰り返す場合があります。これを不安定狭心症と言います。
不安定狭心症では血栓の消長によって、安静にしていても冷汗を伴う胸痛の増悪、軽減を繰り返すのが特徴ですが、放置すれば数日から数週間を経て血栓が大きくなり心筋梗塞に移行します。
不安定狭心症は、心筋梗塞に移行するまでに時間の余裕がありますので、この間に専門医にかかって適切な治療を受けて下さい。
尚、急性心筋梗塞と不安定狭心症は、粥腫の破裂に血栓ができる点で、病態が同じことから、急性冠症候群と一括されています。
狭心症
Q:狭心症と心筋梗塞の違いをご存知ですか?
A:狭心症は、冠動脈が動脈硬化かスパスム(収縮または攣縮)によって、心筋が必要とする酸素と栄養を充分供給できない状態を一過性に生じ、胸痛などの症状を発する病態のことです。
スパスムが原因の狭心症を下に示します。
特効薬がありますので薬が著効しますが、冠攣縮型狭心症は冠動脈の収縮を抑制する薬をきちんと飲まないと頓死する恐ろしい狭心症でもあります。
3本の冠動脈が同時にスパスムを生じたときや、スパスムが自然に治まるときに心室細動(VF、心臓麻痺)を起こした場合に、頓死を生じます。
冠攣縮型狭心症と診断されたら、特効薬をきちんと継続して下さい。
狭心症の原因の大多数は動脈硬化です。
動脈硬化によって冠動脈に狭い部分ができ、それが時間と共に徐々に進行して、血管の内腔が血管断面積の25%以下(75%以上の狭窄)になる事が発症条件です。
しかし、これだけでは狭心症は起きません。
静かにしているときの心拍数は約60/分ですが、心臓が1分間に60回動くのに必要な酸素と栄養は僅かですので、動脈硬化で75%以上に狭くなっても、そこを通過する血液量で、安静時の酸素と栄養は充分供給できます。
歩いたり階段を上ると徐々に心拍数が増加しますが、75%以上の狭窄部を通過する血液量もあるところまでは血液供給量を増やすことができます。
いよいよ75%以上の狭窄で可能な血液供給が上限に達した後、更に心拍数が増加すると心筋が必要とする酸素、栄養を供給できなくなり、心筋は酸素、栄養不足に陥り、様々の症状を呈します。これが狭心症です。
つまり、動脈硬化による高度狭窄で生じる狭心症は、安静時に発症することはなく、心臓の仕事量が増大したとき(心拍数や血圧が上昇したとき)に発症するわけです。そして、動いているときに狭心症を生じたため、動くのを休み、徐々に心拍数が低下して、心筋の酸素と栄養の需給バランスが回復すると症状は治まりますし、再度同じことをすれば、同様の症状を繰り返し生ずるわけです。
以上の狭心症の発症機序を理解されれば、一瞬の胸部症状や逆に数日間ズーッと続く胸部症状は狭心症ではないことがお分かり頂けると思います。
狭心症と心筋梗塞の違い
Q:狭心症と心筋梗塞の症状の違いはご存知ですか?
A:狭心症の症状
胸の痛みだけではありません。頻度順に以下の症状が訴えられています。
症状だけで狭心症を判定すると誤診します。心臓の仕事量が増大(心拍数や血圧の上昇)したときに、繰り返し同じ症状が出現し休むと治まる、か否かで判定します。症状出現時に冷汗を伴えば確実です。
走ったり、階段を上るときに以下の症状が繰り返し出れば狭心症を第一に考える必要があります。
- 前胸部絞扼感?圧迫感
- 下顎?咽頭部の絞扼感
- 労作時息切れ
- 歯痛
- 心窩部?咽頭部の異物感
- 胸焼け様の不快感
- 一過性意識消失
●他の原因による胸の痛みと狭心症の違いは?
- 一瞬の痛みではありません。(一瞬の痛みは不整脈)
- 長時間(半日、一日、一週間)続く痛みではありません。
- 指で指し示せる限局した痛みではありません。
- 呼吸や体位で痛みは変動しません。(心嚢炎に特有な症状)
- チクチク、キリキリ、ズキンズキンと表現される痛みではありません。
- 七転八倒するような痛がり方ではありません。(うずくまって声も出ないような痛み)
- 脈拍の増加、血圧の上昇など一定の条件で同様の症状を繰り返し生じます。(労作性狭心症)
- 硝酸薬(ニトログリセリン)が有効です。狭心症では5分以内で効果発現します。
●狭心症の鑑別ポイントを覚えておきましょう。
- 労作時に生じ、同様の運動量で再現性があります。
- 安静時の症状の場合、労作を加えると増悪します。
●急性冠症候群の症状の特徴
突然発症する急性冠症候群は、上記の狭心症の判定基準は使えません。
LDLコレステロールを多く含んだニキビのような動脈硬化が破裂して血栓が大量にできて突然閉塞しますので、初回の胸部症状が急性冠症候群の始まりであるからです。
- 安静時でも労作時でも胸痛や圧迫感、嘔吐を発症します。
- 殆どの場合冷汗を伴います。
- 不安定狭心症では、胸部症状の増悪と軽快を周期的に繰り返します。
- 急性心筋梗塞では、閉塞部位が自然に再開通しない限り症状は軽減しないので、冷汗を伴う以下の症状が30分以上続きます。
- 胸部症状(痛み、圧迫感、息苦しさ)
- 吐き気、嘔吐(消化器を受診しては駄目)
- 全身倦怠感
- 一過性意識消失発作(重症不整脈による)
●急性心筋梗塞を疑ったらどうするか?
24時間対応可能な急性期の冠動脈再灌流療法のできる医療機関(循環器センター)に救急車でかかること!!!
●救急車が来るまでにどうしたらいいか?
急性心筋梗塞症で亡くなられる方の約半数は、発症から1時間以内に心室細動(心臓麻痺)と呼ばれる不整脈によって死亡されます。
この不整脈が起こると2~3分以内に人工呼吸や心臓マッサージをする心肺蘇生法が行われなければ助かりません。
心停止から蘇生を始めるまでの時間が1分以内なら97%蘇生に成功しますが、5分経過すると25%の低率になってしまいます。
119番通報をしてから、救急隊が現場に到着するまでに5分かかっています。その場に居合わせた人が「心肺蘇生法」の心得があれば助かるチャンスが広がるわけです。
虚血性心疾患の治療
Q:薬以外の冠動脈病変の治療法をご存知ですか?
A:冠動脈の狭窄の部位が入り口に近く、閉塞すれば命の危険がある場合は、カテーテルインターベンション(PCI)か冠動脈バイパス術(CABG)による血行再建を行います。血行再建とは冠動脈の血流を改善する根本的な治療法です。
急性心筋梗塞の場合は、冠動脈が閉塞してから、その先の心筋が全て死んでしまうまで約6時間かかりますので、それより早く血行再建を行い、心筋梗塞の範囲が小さくなるようにします(緊急再灌流療法)。緊急再灌流療法の主体はカテーテルインターベンションです。
●カテーテルインターベンション(PCI)
カテーテル(細い管の意)により、狭くなった血管を拡張する方法で、拡張器具には、バルーン(風船)、ステント(金属のメッシュ)を用います(下図)。血管内超音波で本来の血管の太さ、病変の長さを測定し、適したサイズのステントを留置し、元通りの血管内径に戻します。2mm程度の細い管を手足の動脈より挿入する方法をとりますので、心臓外科が行う冠動脈バイパス術(CABG)と異なり1泊2日か2泊3日で退院出来、すぐに日常生活に戻れます。心筋梗塞の場合は緊急PCI後1?2週間の入院が必要です。
●カテーテル治療の例
右冠動脈の狭窄に対し(左図)、金属ステントを植え込んでいます(中図)。狭窄が解除され、血流が回復しました(右図)。手術前の歩行時の胸痛が消失し、元気に退院されました。
●カテーテルインターベンションの問題点、再狭窄
カテーテルインターベンションは体に侵襲の少ない治療ですが、問題点もあります。
治療部位に治癒反応により肉芽が盛り上がり(新生内膜増殖)、 治療前と同様に内腔を狭くする現象(再狭窄)が約2割の方に見られます。再度狭心症を生ずる再狭窄の場合は、再度PCIが必要になります。
●薬剤溶出性ステント
2000年台になり、治癒反応を抑制する薬をステント表面にコーテイングした薬剤溶出型ステント(DES)が開発されました。日本でも2004年から実用化されました。ステントが留置された後、3ヶ月間ゆっくり薬が放出されます。DESにより再狭窄率は5%程度にまで減少しました。この結果、従来カテーテル治療の対象外と考えられていた左主幹部(冠動脈の根元)、びまん性の狭窄にまで治療の適応が拡大されています。しかしながら、DESといえども糖尿病患者さんと透析患者さんでは、高率に再狭窄を生じることが分かってきましたので、生命予後の悪い左主幹部や重症三枝疾患を持つ、コントロールの悪い糖尿病患者さんと透析患者さんに対しては、PCIが可能か否かではなく、長期的によい状態を維できる治療法としてCABGが第一選択に適しています。
●冠動脈バイパス術(CABG)
冠動脈の狭窄部を治すのではなく、狭窄部の向こう側に新しい血管をつないで、血行を再建する治療です。現在では、自己の内胸動脈、右胃大網動脈、橈骨動脈のフリーグラフトなどの動脈グラフトを主に使用しますが、下肢の伏在静脈を使用する場合もあります。
左主幹部などの中枢側の病変と3枝以上に病変がある症例、およびPCIで治療が困難な方、また心臓の弁膜症など、他の心臓病を合併している方などがCABGの適応となります。
バイパスは図のように、冠動脈の中程からやや末梢よりに繋ぎますが、これがCABGの利点となります。冠動脈の血流の走向が変わりますので、本来の冠動脈の中枢はもはや命の危険となる病変ではなくなりますし、術後何年か経って新たに中枢側に高度狭窄の病変を生じても、命の危険を招く病変とは成りにくいのです。
つまり、CABGを受けられた後は、虚血性心疾患に強い心臓になると言えます。ただし、手術の危険性は全国平均で0.5-1%とPCIより高いので、腕の良い心臓外科医に手術をしていただく必要があります。また、開胸手術を必要とするため、入院期間は2週間程度必要で、退院後元の日常生活に戻るまでに1?2ヶ月を必要とします。冠血行再建療法の後は、新たな冠動脈病変の予防のための治療を継続する必要があります。